三人の探偵

ATOKが意外に安かったので買ってみた。
買ってみたので使ってみた。
使ってみたついでに駄文でも書きためてみた。

非常に残念なぐらい駄文だ。



あるところに三人の探偵が居合わせた。
いや、正確には三人の推理諸説愛好家、というべきだろうか。
事実、今こうしている間も彼らの手にはそれぞれ推理小説があり、そして彼らの視線はそれらの表面へと注がれていた。

そのうちに一人が読み終えたのだろうか、或いは何か別のことを思いついたのか、それまで読んでていた本を閉じ、それまで会話というものがなかった空間へと言葉を投じた。
「まだまだ時間がかかるようですね。せっかく、こう、同じ趣味の人間が集まった訳ですし、何か喋りませんか?」
声の主はまだ少女の様な顔立ちの女だった。年はまだ二十歳かそこらであろうか。
「いいですね。僕もちょうど飽きてきたところで。」
そんな女の『言葉』を、眼鏡の男が『会話』へと変えた。
「さっき立ち寄った本屋で買ってきたのですが・・・これはちょっと失敗ですね。」
人なつっこそうな笑みを浮かべながら、男はその本を机の上へと放り投げた。
残る一人の男はというと、一度は二人に軽く視線を向けたものの、既にその視線は紙の上へと戻ってしまっている。
とはいえ全く無視している様ではなく、話は聞いている様である。
「どうしましょう?特に何を喋るかとかは考えてなかったのですが。やっぱり今まで読んだ推理小説の話とか・・・ですかね?」
「ん〜。僕としては『はずれ』を引いてしまったばかりなので、ちょっと気が乗らないですね・・・。」
机の上へと放り投げた本を一瞥して男は続ける。
「そこで、なんですが。推理をしませんか?」
「推理?何をですか?」
「事件、ですよ。いや、殺人事件、と言おうかな。」
「どんな事件なんですか?」
女の問いに眼鏡の男はニヤリと笑う。
「それが謎なんですよ。」
「え?」
「どんな事件か、誰が殺したのか、誰が殺されたのか、いや、それだけじゃなくて、いつ起きたのか、どこで起きたのか、それすらも謎なんです。」
「え、と・・・」
「それを、推理するんです。」

「事件が起きたのは孤島の別荘。ある金持ちの所有するプライベートアイランドの別荘だ。」
いまいち意味を理解できず口を閉じた女の代わりに口を開いたのは、それまで一言も発していなかった男だった。
いつの間にか読んでいた本は机の上に閉じて置かれている。
「そうですね、それが良さそうです。うん。良さそうです。」
何でそんなことが分かるのか、といった疑問を発する少女をよそ目に眼鏡の男が満足げに頷く。
「ついでに僕の推理も言わせてもらえば、その島へ向かう定期船はなく、事件当時は密室状態だった。」
意地悪そうに笑む眼鏡の男に何かに気づいた女が口を開く。
「あ、なるほど。」
と、大げさに手を打ってから続ける。
「これ、推理、ってよりは、創作、じゃないですか。」
「ん〜。まぁ、そう言われればそうなんですが・・・。まぁここは『推理』ということで。」
「じゃぁ、たとえば、容疑者のうちの一人はたまたま通りががったしがないサラリーマン。これと言った特徴もない男。というのは?」
新たな『推理』。というよりは『設定』。
「いいんじゃないですか?まぁ、孤島に『通りがかる』のは難しいかもしれませんが。」
と眼鏡。
「あ。」
「いや、いいんじゃないか?その男を『どう動かすか』を考えるのもいいだろう。」
と、無口なフォロー。

「ルールを決めましょうか。一応ね。」
発案者が言う。
「『推理』の順番は・・・まぁさっきの順でいいでしょう。一人一個ずつ『推理』をしてもらいます。
 で、その『推理』に対して残りの二人は賛成か反対かの立場を示します。」
「ジャッジするわけね。」
「はい。で、満場一致ならその『推理』は『正しい』ということにする。逆に二人ともに反対されたら『推理』は『間違い』となる。」
「意見が分かれた場合は?」
「そうですね・・・。推理者も含めて過半数、といっても二人ですが、ともかく、過半数の賛成を得られてるので『正しい』ということにしましょうか。
 ただ、論理的な不備、つまり過去の『推理』に矛盾するようなことを言ってる、などそういう場合には・・・」
「アウト。ってことね。」
「えぇ。ん〜、あと・・・まぁ、何かあればその場で決めましょうか。僕自身もさっき思いついたばかりなので、まだなんにも・・・。」

(思いついたばかり?)
再び口を閉ざした男が口を開けぬまま呟く。
(その割には随分こなれた喋り方しやがる。それに・・・いや、それよりも・・・)
眼鏡の男へ向けていた視線をやや横に移動させる。
文学少女の日に焼けていない白い肌。
その頬は心なしかやや赤みを帯び、口角はほんの少しあがっている。
目は小刻みにそして細かく動き、癖なのか唇を少しかんでいる。
興奮しいる、というよりは
(何か考えてる・・・。それもかなり高速、かつ膨大に。)
彼はどちらかと言えば地道な方だ。
推理小説なんかも一個一個の証拠や状況、そういったものをコツコツ積み重ねて正解を導き出す。
カンや直感に頼らない地道な推理。
(今回みたいなケースは俺には向いていない。)
他方、目の前にいる少女はといえばどちらか問えば直感で解いてしまうような、そんなタイプであろう。
直感や感性でいくつもいくつも物語を作ってしまう。そのうちから条件に合うものを絞り込んでいく。
頭の柔軟さと回転の速さ。彼にはないその才能を、多分彼女は持っている。
恐らく、今彼女の頭の中では一つの島と一人のしがない男に関する幾千、幾万もの物語が作られている。
それも誰もが思いつかないような奇抜なトリックやつばかりを。
(気をつけないと・・・ペースに飲まれるな。)

「どうしました?先ほどから黙って?」
眼鏡の男が問いかける。
「いや、なに。孤島に『通りがかる』方法を思案していただけだ。」
「う〜。そうやって人のこと馬鹿にする・・・。見てなさい、きっとこの男がキーパーソンになるのよ、きっと。」
と、ふくれながら女。
「まぁ、それは後で分かるさ。俺の番でいいのか?」
「そうですね。」「そうね。」と二人。
「そうだな。際限なく人を出されても困る。登場人物は全部で・・・、全部で12人。そんなところでどうだ?」
指折りながらなにやら思案する男と、ちょっと多いかもと呟く元ふくれ面。
「まぁ、そんなものでしょう。多ければ・・・そうですね。さっさと殺してしまえば、ね?」
「殺っ・・・。まぁ、殺人事件だからいいんだけど・・・。」
「次は僕ですか。ん〜、ここいらあたりで探偵役でも決めましょうか。
 そうですね、『探偵のうちの一人』は女性の探偵。口元にほくろのある、若く美しい女流探偵、ってのはどうでしょう?」
「異議なし!!」「異論はない。」と二人。
「次は私の番かな?」
と、口元にほくろのある『女流探偵』はやたら上機嫌に問う。
「それじゃぁ『残る探偵のうちの一人』は無口な男。ちょっと渋めで無口で、でも頼れる人って感じ。ん〜、そんなとこかな?」
「だそうですが?」
「異論はない。」
先ほどと変わらない抑揚も感情もない返答。
「眼鏡をかけた胡散臭い男。そうだな、探偵の肩書きがなければ詐欺師かペテン師か、さもなくば手品師か奇術師かと思われるような、そんな風貌の男。
 それが『最後の探偵』。」
「僕だけひどい言いぐさですね・・・」
「俺はあくまで登場人物の話をしているだけだが?」

(そういえば・・・)
再び思考を巡らせる。
(読者が犯人であるような、そう納得させるような推理小説
 それがもっとも優れた推理小説だとか・・・誰かが言ってたっけな・・・。
 もし、この物語の犯人が『俺』で、反論しようがなく、認めざるを得ない結末を迎えたとしたら・・・。
 この物語が『俺』にとってもっとも優れた推理小説、ってことになるのか。)

「さぁ、はじめましょうか。三人の探偵の話を。」