vimをバイナリエディタ的に使う。
vimがいい、vimがいいを言い続けて4年目。
元はといえば学校のMacのemacsがやたら異常終了して、嫌気が差してvimを使い始めたのがハジマリ。
それまではWinユーザでメモ帳++なんぞを使っていたのですが...。
もしあのとき、emacsが異常終了しなければ、今頃自分は...。
そんなこんなで月日は流れ今となってはvim!vim!vim!な毎日。
暇さえあれば他人に布教し始める程のvim信者。
すべてのエディタはvim互換モードを持つべきだと言い張る今日この頃。
そういやバイナリエディタもvim互換がいいな。
いや、いっそvimがいい!
素敵そうではないか、vimでバイナリエディタ。
矩形選択がおもしろい程に活躍しそうだ。
正規表現による:sやら、マクロにC-A/C-X。
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足し算型タイムマシンと掛け算型タイムマシンで、過去に行く!
例のごとく思いついたこと/考えたことをひたすらDump Outする練習エントリ。
文章の途中で脱線し始めたり、結局何が言いたいんだ的な終わりになったりするやもしれませんが、文章を書く練習なので生暖かく見守ってくれると助かります。
あんなこといいな、できたらいいな、な事は何ですか?
などと質問すると絶対とは言わないけど、多分多くの人が、「昔に戻りたい」「過去を変えたい」「やり直したい」などと答えると思う。
かくいう自分もそんな一人。
なんだけど、過去には戻れない、と言われている。
というか、個人的には絶対無理だと思う。
もし戻れたとして様々なパラドクスはどうなるの?とか、そもそも現在に未来人がいないのが一番の証明ではないのか?とか。
色々。
もちろん、パラレルワールドの存在とか考えればその辺は回避できると思う。
つまり、過去に戻ったその瞬間に、その戻った地点で世界が分岐してしまう。
元々「いた」世界と、タイムマシンで「行った」世界とが分離してしまう。
そういう考えでいいのならばパラドクスは存在しないし、我々が今「いる」この世界に未来人がいなくても当然だ。
当然、別世界なわけだから結局「自分」の過去を変えることはできないし、別世界の「自分」に「対応する人」の過去が変わるだけ。
そういう意味では全く役に立たない*1タイムマシン。
そんな訳で常日頃からタイムマシンがあったとしたら、それは3次元+時間軸という4次元を行き来するマシンではなく、パラレルワールド軸、つまり第5軸をあわせた5次元を行き来するマシン、それも第5軸はかならず「ズレ」なくてはならない制限付きマシンだ、などと主張してきた。
し、これからもそう主張するつもりだ。
で、最近もしかして「過去に『行ける』」のではないかと思い始めた。掛け算的な意味で。
いや、「過去に行く」、という点だけを考えれば、「実際に」過去に行くことができる。
技術的には無理かもしれないけど、理論的にはいけるのでは、いや、いける。
つまり、我、過去に行く方法を見たり!ということだ。
多分。
...屁理屈、とか言われそうだけど、過去に行く方法。
*1:もちろん考古学的な、とか別立場で考えれば十分意味がある、というか世紀の大発明になるはず。